私が妊娠したいと思ってから2児の母になるまで

IMAG1011-001わたしは現在、2児の母です。
このブログにはこどもの写真がこれからたくさんアップされるかもしれません。

子持ちに対して敵意を持つような方はこのブログは読まないでいただきたい。

赤ちゃんを見ると心が痛い、でも頑張ろう!というポジティブなベビ待ちさんの参考になれば幸いです。

化学流産を何度も繰り返しました

私は2008年に長男を産みました。
その時初めて化学流産を経験しました。
それも何度も…
妊娠を心待ちにしすぎたあまり、フライングを繰り返していたので
約1年の間に4回は経験したと思います。
妊娠直前はもう諦めていました。
諦めたわ…と思った矢先に妊娠。
この時はまだ妊娠すれば出産出来るのが普通。そう思っていました。

稽留流産のショックは言葉に出来ない

2012年二人目を妊娠しました。

このときもなかなか授からず中国製の検査薬を大量に使っては化学流産に落ち込む日々。

やっと妊娠して順調に10週目。
小さな小さな人の形を見て嬉しくてたまらなかった。

しかし心拍が止まっている。
つわりが軽くなっておかしいと思っていたのですがまさか自分が流産なんて…

「赤ちゃん死んじゃった…」
そう夫にメールするのが精一杯でした。
翌週に手術をして赤ちゃんを出しました。
その翌日、出産を楽しみにしていた末期がんの義母に流産を伝えないまま義母は逝去。

二重の悲しみで私たち夫婦はどん底でした。

なんだか不思議だけどまたすぐに会える気がした

義母の葬儀などが落ち着いた頃、私はなんだか赤ちゃんにまたすぐ会えるような気がしたんです。

神も仏も霊魂も信じない私が不思議…

そして流産から5ヶ月後、再び妊娠
冒頭の写真がその次男です。

きっとお弁当を忘れて、取りに帰ったんだよ
赤ちゃんは最初はお弁当を持ってくるから。

そんな話を長男としていたのを思い出します。

次はしっかりお弁当を持ってきたようで、妊娠初期にトラブルもなく
予定日3日前に陣痛から2時間でポーンと元気に生まれてくれました。

亡くなった子と次男は別の子だと言う人もいるかもしれません。
亡くなった子を無かったことにしているとか思われるかもしれません。

しかし、どう捉えようと自由。
私達家族は次男は帰ってきたんだと思うことで流産の恐怖、悲しみを乗り越えたんです。
ただそれだけ。それが事実。

 

でも、もっと早く元気な次男に会いたかった。
長男の時も、もっと早く会いたかった。

もっと自分に出来ることがあったんじゃないかと思うことがあります。
最近では高齢出産の年齢に達してきて、友人が妊娠に苦労しています。

妊活という言葉が定着してきて、いろいろな情報があふれていますが
本当のところはどうなの?という疑問を解決していけたらいいなと思います。

 

 

 

 

 

ページ上部へ戻る